■連載小説 -星と陽の間で- 第8話■
夫のシンガポール赴任に伴い来星することになった主人公・映子が、シンガポールと日本の価値観の間で揺れ動く。
そんな映子のこれから始まるシンガポール生活への不安や困惑、希望を描いたストーリー。
前回までのお話
美子からシンガポールのことだけでなく育児や夫への接し方などのアドバイスももらいながらヘルパーを雇ったら?と提案された映子
興味はないとは言えないものの昨日見たヘルパールームや夫の機嫌を考えるとそれどころではない映子であった
【第8話】
「え、でも私、専業主婦だし…子供一人しかいないし…ねぇ、パパ」
「うーん、でも今も一人でできてるしね。わざわざ雇わなくても大丈夫なんじゃないの」
「…。
専業主婦やから家事全部一人でやらなアカンとか関係なくない?
映子ちゃんが一人で全部やりたいんやったらそうしたらええと思うけど、
しんどかったら頼んだらええんちゃうん。
映子ちゃんは心身ともにボロボロになっても家のこと全て自分でやりたいのか、お金払ってでも自分のために時間と余裕を作りたいのか。
耕平さんはヨメがあったかいお茶飲めんでも、自分の行きたい時にトイレ行けんでも母親やったらそれはしゃーないと思うのか。
しゃーないからやらなアカンとか、どうしようもないとか、そうちゃうからな。
そんなんただの思い込み、呪縛やで。
自分がどうしたいか、やで。
自分の時間持つことは悪い事ちゃうねんで。
あったかいお茶飲める手段がシンガポールにはあるんやから。」
「…美子さん」
「私は日本にいる時はヘルパーいなかったからね。両親とも遠いから手伝ってもらいたくてもすぐに、とはいかなくて。
長男が3歳の時に次男が生まれて、次男が1歳でシンガポールに来たの。
だから両方での育児経験も踏まえて色々思うところがあるんよね…
…ゴメン、なんか熱くなっちゃって。
耕平さんちょっと引いてるもんね。
食べよ食べよ!」
美子さんの言葉はいつも私を縛り付けている「お母さんだから」という鎖を緩めてくれたような気がする。
呪縛、固定観念、お母さんだから…
なにかの輪郭が見えてきそうな気がする。まだそれが何はハッキリしないけれど。
もしかしたらシンガポールで何かが変わるかもしれない。
自分で変えられるかもしれない。
外国に住むってそういうことなのかもしれない。
「いやー、疲れた!
気温差と気疲れと聞き取れない英語と!シンガポールに来たらこれが毎日かー。」
そう言いながらもどこか嬉しそうな夫。
せっかくシンガポールに来たのだから、とシンガポールフライヤーに乗り、マーライオンと写真だけは撮ってきた。
日中の暑さは大人でも堪える。7ヶ月の子供のとっては相当過酷だと思う。
私はこの常夏の南国でどうやって子供を育てて行けばいいのだろう。
そんな私の気持ちを知ってか知らずか夫はなんの迷いもなくシンガポールに住むことを楽しみにしているように見える。
私は美子さんに会ったことで少し何かが変わるかも、と期待が持てたけれど、それはまだ今抱えている不安を払拭できるほどのものではない。
シンガポールに滞在した数日間。
マーライオンよりも美子さんの余韻に浸っている私は、タイガービールを飲みながら夜景を見ている夫に話しかけた。
「素敵な人だったね、美子さん。インテリアも素敵だった」
「外国っぽかったよな。木彫りの象とか日本人はなかなか置かないぜ」
夫は普段育児を手伝っていないことを指摘されたのが少しひっかかっているようだ。
「美子さん、コタローくんの他に男の子が二人いるって言ってたね。
なのになんだろう、あの余裕は。」
「お手伝いさんじゃね?
だってあの人、俺たちが行ってもなんにもしなかったぜ?」
「なんにも、って…そんなこともないでしょ。
でもお手伝いさんがいなかったらあんなに腰据えておしゃべりできないよね。
コタローくんがぐずってもお手伝いさんがあやしてくれてたし」
「メシまで食わしてたじゃん、コタローくんに。
あの人普段なにしてんだろうね。専業主婦なんでしょ?」
「う、うん…夜もコタローくんとお手伝いさん一緒に寝てるそうだし」
「じゃあ、あの部屋では寝てないのか。
でも俺はやだなー。芽衣が他人と寝るとかあんま想像したくないわ。
仕事から帰ってきて家に他人がいるのもなー。くつろげないじゃん。」
夫の言うこともよくわかる。
私自身家族以外の人と一緒に暮らすことなんて想像もできない。
でもやってもみない内からそう決めてしまうのはどうなんだろう。意外と平気なのかもしれないし、それ以上のものが待っているかもしれない。
日本では経験できないことを経験しておくことはアリなのではないだろうか?
<第8話に続く・・・>
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