■連載小説 -星と陽の間で- 第1話■
あらすじ
夫のシンガポール赴任に伴い来星することになった主人公・映子が、シンガポールと日本の価値観の間で揺れ動く。
そんな映子のこれから始まるシンガポール生活への不安や困惑、希望を描いたストーリー。
【第1話】
「映子、転勤が決まったんだ。」
6ヶ月になる娘の芽衣を寝かしつけ、食器を洗っていた私に夫がこう言った
「え?転勤?どこに?」
突然の報告に洗っていたお茶碗を落としそうになる。
「…シンガポール」
少し言いにくそうに言う夫。
「えっ?!なんて?今なんて言った?!」
言ってから自分の声の大きさに気づき、ようやく寝かしつけた芽衣が目を覚ましていないかどうかを確認する。
「でもさ、シンガポール赴任って栄転だぜ?しかも映子いつも海外旅行行きたいって言ってるじゃん。日本にいるより海外旅行簡単だって聞くよ。プーケットとかバリとかも近いらしいしね。」
私の不安をかき消そうとするように慌てて取り繕うような事をばかりを並べる夫。
「でも私…シンガポールなんて、どこにあるのかよくわかんないし、英語も話せないし、芽衣もまだ小さいし、私が旅行したかったのはハワイとかグアムとかだし…」
私の不安をよそに、夫は新しい仕事を任された責任感と同僚から一歩抜きん出た優越感でいっぱいなようである。
家事と育児と夜中の授乳でいつもなら気が付くと寝てしまっているけれど、さすがに今日は眠れない。
どうしよう。転勤なんて。
ましてや海外、それもよくわからないシンガポールだなんて。
マーライオンがいる暑い国ぐらいの情報ぐらいしか持ってないわよ。
そもそもシンガポールって何語話すのよ?シンガポール料理ってどんなのよ?
知り合いも友達もいないそんな得体の知れない南国で生後6ヶ月の芽衣をどうやって育てるのよ!
夫はいつも帰りが遅く出張も多い。
育児はもちろんワンオペ育児。
幸い実家が近いから困った時は母がすぐに来てくれる。
でも、でも…
シンガポールで困ったら私はどうしたらいいのよ!
「ママー!助けてー‼︎」ってSOSを送っても母が到着するのは数日後。
考えれば考えるほど不可能。
ベッドに入り目をつぶっては見るものの、浮かんでくるのは勢いよく水を吐き出すマーライオンだけ。
-明日、佳奈に話を聞いてもらおう。出張でよくシンガポールに行くって言ってたし。少なくとも私よりはシンガポールについて詳しいはず!-
そう思うと、ようやく少し眠くなってきた。
と思ったのも束の間、ベビーベッドで寝ている芽衣が泣き出した。
授乳の時間だね…
隣で気持ち良さそうに寝ている夫を尻目に薄暗い部屋で授乳していると、ますます不安が膨らんできた。
…やっぱり無理じゃない?!
いつも以上に眠れなかった。
芽衣を産んでから6ヵ月、朝までぐっすり眠れた日なんてない。
「でも私、お母さんだもんね。みんなやってるのに私だけ、ね…」
自分に言い聞かせるように小さな声でつぶやいてみる。
「なんか言った?」
メールをチェックしながらコーヒーを飲んでいる夫。
私のことを気にしているのかいないのか、モニターからは目を離さない。
「ううん、なんでもない。今日久しぶりに佳奈とお茶でもしてこようかなー、と思って」
「おぉ、佳奈ちゃん。相変わらずバリバリ働いてるの?まだ独りだったよね?まぁ彼女は家庭を持つより仕事してる方が向いてそうだけどね」
数回会っただけの私の友人のことを彼はどれぐらい理解しているのだろう…
「佳奈、頑張ってるよー。この間もけっこう大きなプロジェクト任された、って張り切ってたし。2ヶ月に1回はシンガポールに出張行ってるんだって」
同じタイミングで入社した佳奈と私は性格は正反対と言ってもいいぐらいだったけどなぜか気が合い、二人で旅行に行ったりもした。
佳奈は私が結婚する少し前に再び転職し、いつも一緒というわけにはいかなくなったけれど、それでも月に1、2度はランチかお茶をする仲だった。
二人でゴハンに行ってもなかなかメニューの決められない私の分まで「映子の今日の気分はコレじゃない?」と提案してくれる。
結局いつもその佳奈のオススメに決めてしまい、自分の優柔不断さが嫌になったりもするのだけど、そんな私を見て佳奈はいつも「映子はそのままでいいのよ。そういうところも含めて映子なんだから」と言ってくれる。
一度佳奈に「私、自分の優柔不断さが嫌になる。一緒にいてイライラしない?」と話した時も「そう?私たち、いいコンビだと思わない?私はそう思ってるんだけど」とサラッと笑顔で言ってくれた。
そう言えば芽衣が産まれてから随分と佳奈に会っていないな。
佳奈に会いたいな…
「じゃあ行ってくるわ。今日は接待ディナーだから夜は要らないよ。先に寝ててね」
という夫の声で我に返った。
「はーい。今日もお仕事頑張ってね。行ってらっしゃい」
「いってきまーす」
さてと、
私もお茶でも飲もうかな、とお湯を沸かし始めた途端、芽衣の泣く声が聞こえてきた。
もうそんな時間か。
温かいお茶なんて長い間飲めてない気がする。
いつになったら座って温かいお茶が飲めるんだろう…
でも仕方ないよね、私お母さんだから…
頭ではわかっているつもりでも鼻の奥がツンとなり、涙が出そうになる。
一度「あれやりたい!」と言葉にしてしまうと、もう頑張れないんじゃないかと思ってしまう。
自分に言い聞かせるように「私はお母さん」と少し大きめの声で言ってみたが、
「だからどうした」というような芽衣の泣き声にかき消された。
<第2話に続く・・・>
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