■連載小説 -星と陽の間で- 第9話-最終話-■
夫のシンガポール赴任に伴い来星することになった主人公・映子が、シンガポールと日本の価値観の間で揺れ動く。
そんな映子のこれから始まるシンガポール生活への不安や困惑、希望を描いたストーリー。
前回までのお話
シンガポールに来ることが楽しみなことが端々からこぼれている夫だが、訪問した美子宅で家事や育児を手伝わないことを指摘され、美子に対して良い印象を抱いていない様子。
ヘルパーさんを雇うことについても美子に対する敵対心で反対しているのか、自分の本心で否定的なのか…
【第9話】
「っていうかさ、お手伝いさんいたら映子なにすんの?
なんかやりたいことでもあんの?
時間をお金で買うって簡単に言うけどさ、美子さんのところのご主人は社長さんだろ?
俺、頑張ってるって言ってもただの会社員だしさ、普通の会社員がお手伝いさんなんて雇えないっしょ、いくらかかんのよ。
すっかり外国での生活も身に付いた人からしたらさ、俺なんていつの時代のヒトなの?!って思われるんだろうな。
俺は田舎から出てきたからさ、古き良き日本の母親の姿しか知らないわけよ。
俺の知ってる主婦ってさ、母さんと姉ちゃんぐらいで、二人とも一人でなんでもやっちゃってんの。できちゃってんの。
姉ちゃんなんて男の子三人育てながら畑も手伝ってPTAの役員もやってんの。
それが普通の主婦なんだろうな、って思ってた。
なのになんで映子にはできないの?お母さんもそばに住んでるのに。
それを簡単に『映子ちゃんもヘルパー雇ったらいいじゃない』とか言ってくれちゃってさ…」
「別にお手伝いさん雇いたいわけじゃないんだけどな。
でもあったかいお茶は飲みたいかな…」
「映子のやりたいことってそれ?!そんなのいつでも飲めるじゃん!
お手伝いさん雇ってまですることじゃなくない?
仕事するとかならわかるけどさー。」
やっぱり夫はなにも分かっていない。
子供が寝たのを見計らって家事をしている私を彼は知らない。
寝かしつけに成功し、掃除機をかけるのをためらっている私のことも知らない。
洗濯物を干している途中でも泣き声が聞こえたらそれを中断し、子供のもとへ急ぐ私のことも知らない。
お茶を入れても座って飲むことはできず、子どもを抱きながら冷たくなったお茶を立ったまま飲んでいる私のことも知らない。
お母さんだから仕方ない、と思ってきたけれど、もしかしたら私を縛っているその鎖は私自身が巻きつけたものかもしれない。
…変わりたい。
ここなら私は変われるかもしれない。
美子さんと話したことや、久々に夫と長い時間一緒に過ごしたことで普段気づかないふりをしていたことが次々に輪郭を表して私の前に現れてきた。
「パパって私のことなんにも見てくれてないよね。
私がいつも一人でどんな風に、どんな思いで芽衣を育ててるのか全然わかってない!わかろうともしない!!
私たちの為に毎日頑張って働いてくれてるのはよくわかってるよ。
そんなパパに家事や育児をもっと手伝え、なんて言うつもりもないよ。
でもね、
もっと私のことを見てよ!私との時間をもっと大切に過ごしてよ!
このままじゃ日本を離れて外国で暮らすなんて出来ないよ。
シンガポールに来たら私の味方は耕平くんだけなんだよ。
私、ママも友達もみんな日本に置いて行くんだよ!
せめて耕平くんの心だけでも私のそばにいてよ!
母親じゃない私のこともちゃんと見てよ!」
ダメだ、止まらない。
今まで気付かない振りをしてきた自分の気持ちが、マーライオンの吐く水のようにとめどなく吐き出された。
「どしたの、映子?突然…」
「突然じゃないよ!
今までずーっとそうかもしれない、って思ってたことをようやく言葉にして伝えられただけ。
芽衣を産んでから私の中にずっとくすぶってた気持ちだよ!」
「映子、そんな風に思ってたんだ…」
夫がそう言ったきりしばらくの間、沈黙の時間が流れた。
溢れ出した思いを止められず、勢いに任せて言いたい事を言ってしまったけど、夫はどう思ったんだろう。
逃げ出したいけど、右も左もわからない外国で外に飛び出す勇気もない。
どうしよう、ここから逃げたい…
それから何分経ったのだろう。
いや、実際はほんの一瞬なのかもしれない。
でも私には何時間にも感じられた長い沈黙を破ったのは夫の方だった。
「…。
言い訳に聞こえるかもしれないけど、俺、仕事で結果さえ残せればそれでいいと思ってた。いい業績残して給料が上がればそれで家族は幸せなんだ、って。
俺だってシンガポールに来るのはプレッシャーなんだ。
いい結果残せなかったら日本に戻ってからのポストどうなるかわかんないし。
それを映子に悟られたくなかったから、必死で仮面を被ってたのかも。
…ゴメンな。
俺、映子に甘えてたんだわ、きっと。
映子にそんな風に思わせてたなら全然ダメじゃんね、俺。
心入れ替えなくちゃダメだな。
大事な嫁さんと娘、ちゃんと守らなくちゃだよな。」
-耕平くんは耕平くんで、押しつぶされそうな不安を抱えながら毎日仕事も頑張ってたんだ。
不器用な彼は、自分自身の不安を隠すために必死でシンガポール行きを楽しんでるように見せていたんだ。私まで不安にならないように。
彼なりの優しさだったのかもしれないな。
全然気付かなかったけど-
人はシンガポールに来ると何かが変わるのかもしれない。
この気温のせいなのか、いろんな人種の人たちと生活するせいなのか。
いずれにせよ、日本を出ることでコミュニティの結束力が強まるのは確かなようだ。
きっと私も夫もシンガポール赴任をきっかけに大きく変わる。
何がどう変わるのかはまだわからない。
でも、
-早くシンガポールで生活を始めたい!-
そう思えることが、彼女が変わり始めた最初の一歩なのかもしれない。
– 完 –
&H[アンドエイチ]は、2018年に外国人メイドさん/ヘルパーさんを雇用する主婦が集まり立ち上げたコミュニティです。外国人ヘルパーさんと良好な関係を築くためのヒントや情報などをお届けしています。
現在、ヘルパーさんに日本の家庭料理を学んでもらう料理教室を定期開催中。「美味しい和食が家でも食べられる!」「ヘルパーさんのモチベーションアップにもつながる!」と評判です。
他にも新作の「小説」や「私のまわりのヘルパーさん」はもちろんのことヘルパーさん自身や雇用主の旦那様へのインタビューや雇用前の不安やトラブルに巻き込まれた経験を語り合う座談会の様子などの他ではなかなか手に入らない情報が満載です。
詳しくはホームページをご覧ください。
ホームページはこちら
Facebookグループも運営中。Facebookグループでは先行・限定情報の配信、グループメンバー間での「こんな時はどうしたらいいでしょう?」「おススメの病院を教えてください」などの情報共有が行われています。
Facebookにて「シンガポール ヘルパー」と検索していただき、&Hのグループへご参加ください。
Facebookグループはこちら