■連載小説 -星と陽の間で- 第5話■
夫のシンガポール赴任に伴い来星することになった主人公・映子が、シンガポールと日本の価値観の間で揺れ動く。
そんな映子のこれから始まるシンガポール生活への不安や困惑、希望を描いたストーリー。
前回までのお話
自分の時間を削ってでも家族のために働くことを良しとする日本人女性とヘルパーさんを雇って自分の時間を大切にするシンガポールに住む女性。
どちらがどうとは言えないけれど、この二者が出会うことで何かが起こる気がする。
ここから何かが始まるのだろうか…
【第5話】
-どんな子なんやろうなぁ-
佳奈から紹介された、まだ見ぬ彼女の友人”映子”に思いを馳せてみる。
聞いている限り一人でパパッと動くタイプではなさそうだ。
初めての海外生活、しかも第一子はまだ小さい。
不安以外に何があるのかを見つける方が難しいのではないか。
ここシンガポールにはたくさんの国からたくさんの人がやって来て、去っていく。
2年から3年と、短期間でシンガポールを去っていく駐在員家庭も多い。
-何年おるんやろうなぁ-
自分とはまた違った境遇の映子。
夫がシンガポールで起業している私には日本に帰国する予定がない。
期限付きの在星になる映子のことを少し羨ましく思ったりもするが、それも”ないものねだり”なのかもしれない。
シンガポールに来てからの4年の間に、何人の友人を見送ってきただろう。
他の国にスライドしていった友人、日本に帰国した友人。
産科で友達になったあの子は今どうしてるんやろう。
確か二人目の出産で、お母さんの助けも得られないからと慌ててヘルパーを雇っていたはず。
帰国しても両方の実家が遠いから、育児は助けてもらえないって言ってたな。
日本では保育園にもすぐに入れないって言ってたし、ヘルパーなしでどうやって子供を育てていくんやろう。
同じ日本人女性として「私はシンガポールにいるからラッキー」で済ませたらアカン気がする…
佳奈の言うようにやっぱり何かを始めるべきなんかな。
4年も住んでいるとシンガポールに愛着も湧いてくる。
完全な日本人やけど、若干シンガポーリアン寄りな私は、映子さんにシンガポールでの新しい生活を楽しいと思ってもらいたい。
二度と戻ってこないこの子育て期間を楽しいと思ってもらいたい。
まずはできることから。
-とりあえず、映子さんにメッセージでも送ってみるか-
-来ちゃった。シンガポール-
滞在先であるオーチャードのマンダリンホテルまではタクシーで約30分。
タクシー料金が日本に比べると格安なのでシンガポールの人は日本人よりもずっと気軽にタクシーを利用する。
専用アプリで行き先を登録すればタクシーが今どの辺にいるのか、あと何分で到着するのかがわかり、ドライバーにメッセージを送ったり電話をかけたりすることも可能らしい。
そしてクレジットカードと連携しているので降りる時に支払う手間もなければモチロン料金をぼったくられることもない。
タクシー乗り場でまずシンガポールの暑さの洗礼を受ける。
何層にもなってまとわりついてくるような湿度。息が苦しくなる。
何気なくタクシー待ちの列を見ていると欧米人の赤ちゃんの乗ったベビーカーを押している東南アジア系女性の姿を見かけた。
-親子? …ではなさそうだけど、どういう関係なんだろう-
順番が回ってきたので気にはなりながらも、
ベビーカーとスーツケースを積んでもらうために「バックドアを開けてくれませんか?」と運転手さんに頼んだ。
すると運転手さんが「キャンキャン!」と笑顔で開けてくれた。
キャンキャン?どういう意味だろう?
そしてタクシーに乗り込み、よく冷やされた車内にホッとするのも束の間、送風口から容赦なく出てくる冷たい風に体温がどんどん奪われる。
「ここがシンガポールか」
整備された高速道路から見える景色は日本とは違い、マンションの窓から突き出た棒にかかる洗濯物や、サイズ感の全く違う街路樹にいちいち驚かされる。
「外国って感じがするね」と隣に座る夫の方を見ると、その窓の向こう側に荷台に座って携帯をいじっている男性たちの姿が見えた。
「え?人間?荷台に?! ここ、高速道路だよね?」
空港近くは少し田舎だから大目に見てくれるのかもね、と思いながら高速を降りホテル近くまでやってきた。
「ここまで来るとぐっと都会になるね。この辺がシンガポールの繁華街なのかな」と言いながら外の景色を見ていると、先ほどと同じように荷台に座っている男性たちのトラックが隣で信号待ちをしていた。
「あ、国内ぜんぶOKなんだ…」
都会だけれどどこか昭和の雰囲気が残るシンガポールにどことなく懐かしさを感じる。
横断歩道を渡る人々を見ていると空港で見かけた不思議な組み合わせをたくさん見かけた。
欧米人の赤ちゃんだけではなく、日本人なのかアジア系の赤ちゃんと東南アジア系の女性の組み合わせもいる。
-もしかして、これがお手伝いさんなの?-
初めて見かけたお手伝いさんの姿は映子にとって違和感しかなかった。
目的地に着くまで人の良さそうな運転手さんは機嫌よく何かを話しかけてきてくれたが、彼が何語を話しているのか結局最後までわからず終いだった。
<第6話に続く・・・>
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