■連載小説 -星と陽の間で- 第3話■
夫のシンガポール赴任に伴い来星することになった主人公・映子が、シンガポールと日本の価値観の間で揺れ動く。
そんな映子のこれから始まるシンガポール生活への不安や困惑、希望を描いたストーリー。
前回までのお話
どこに住むのか決めておいて、とだけ言い残して出勤してしまった夫
育児と一緒で丸投げ
友人・佳奈から聞いたシンガポールの情報を元に自分でも色々調べてみるが、やはり気になるのはヘルパーさんのこと
そんなことを考えているとピンポーンとインターホンが鳴った
【第3話】
しまった、もうこんな時間。
芽衣を病院に連れて行くからついて来て、ってママに頼んでたんだった。
実は昨夜、芽衣が38.0℃の熱を出てしまったのだ。正直第一子だと、どのタイミングで病院に連れて行っていいのかわからない。
不安を払拭するためにもとりあえず病院に行くことにした。
「芽衣ちゃーん、具合どうですかぁ?」
母は芽衣が可愛くて仕方ないようだ。
まぁ、当然か。初孫だしね。
「ママ、芽衣ちゃんが遠くに行っちゃうって思ったら寂しくて寂しくて。パパ置いて一緒にシンガポール行こうかな、って思っちゃうぐらい」
「私もママが一緒に来てくれたらどれだけ心強いか。シンガポールで病気になったら私一人で芽衣を病院に連れて行かなくちゃなんだよ」
「映子ちゃん、英語喋れたっけ?病院行って英語で説明できるの?」
「…病院、日本語通じないのかな?」
「だって外国でしょ?」
「う、うん…」
幸い芽衣は熱も下がり、軽い鼻風邪ということでたいしたことはなかったのだけれど、お会計の時に泣き叫んでいた芽衣。
ママが抱っこしてくれたから少し機嫌が直ったけど、私一人だったらあんな時どうしたらいいんだろう…
それよりも、シンガポールに日本語の通じる小児科なんてあるんだろうか。
今日はそっちを調べてみなくちゃ。
「あちらのお母さんはなんて?」
「耕平をよろしくお願いしますよ、だって。飛行機は嫌だって言ってるみたいだからシンガポールには来てくれないかもね。」
「海外旅行大好き!って感じじゃないもんね、あちらのお母さん。保守的というかなんというか…昔ながらの日本のお母さんっていうか。」
「結構言うね。ママは昔ながらの日本のお母さんじゃないの?」
「ママはー、お母さんじゃなくてママだから。うふ」
「まぁ、なんとなく言いたいことはわかるけど」
長野に住む夫の両親とはお盆とお正月に会う程度。
お正月は県内に住む夫の姉家族も集まり賑やかな時間を過ごす。
ひとりっ子で東京から出たことのない私にとってそこはある種の外国で、お世辞にも居心地が良いとは言えない。
お義姉さん家族にはやんちゃ盛りとまだ小さい男の子が合計3人。
子育てしながら旦那さんの畑仕事も手伝っている上に今年はPTAの役員に選ばれたとか。
一体どうやって時間をやりくりしているんだろう…
-女の子1人育てるのでこんなに弱音を吐いてたら笑われちゃうね-
感じなくてもいいプレッシャーを無意識に自分に課していることにも気づかずに、どんどん深みに嵌っていく映子だった。
「久しぶりに佳奈に会えてよかったわ。出張のお陰やね」
いつもは仕事を片付けるとシンガポールを楽しむ間もなくすぐに帰国してしまう佳奈だが、今回は映子のこともあり、ランチも兼ねて美子とグランドハイアットの10 scotts でハイティーをすることにした。
彼女に会うのはいつぶりだろう。
「そういうわけで映子のことよろしくね」
「うんうん、まかしといて!佳奈」
「ふふ、シンガポールに来てからすっかり関西弁なんだね、美子」
「ふふ、こっちけっこう関西出身の人多いねん。
日本を離れてるからか、結束力が強くてさー。
しょっちゅう一緒におったらすっかり関西弁に戻ったわ。
ダンナも関西人やから家でも関西弁やしな。
外国に住んでたら日本におる時以上に自分が何者なんかを意識するようになったわ」
「住んでみないとわかんないよね、そういうのは。そう言えば今日子供ちゃんたちは?お手伝いさん?」
「そうそう。子供ら置いて友達とお茶とか日本やったら考えられへんくない?この生活したらヘルパー無しの生活には戻られへんわ」
「ホント羨ましい生活よね。
っていっても私みたいな独身には全く関係ない話か」
「そんなことないない!同じコンドに住んでるアメリカ人、独身のおっちゃんやけどヘルパーおるで。
私も気になってそのヘルパーに毎日何してんの?って聞いたことあんねん。ご飯作って、掃除して、アイロンかけて、犬の散歩行ってるって言うてた。
休みの日に溜まった家事と洗濯して、疲れもとれんまま月曜日からまた仕事とか、アメリカ人には考えられへんのやろな。
手間と時間と費用とを考えたら住み込みのヘルパー雇った方が安そうやし。
佳奈もシンガポール赴任になったらヘルパー雇ったらええねん。自分のためだけに時間使えるって思ってる以上にプライスレスやで」
シンガポールに住んだことのない者からすると、全く想像もできないヘルパーとの生活。
小さい子どもがいる家庭だけが雇うわけでもないのか。
人の目を気にすることなく、自分が必要だと思えば雇えばいいし、どれだけ困っていても自分が必要ないと判断すれば雇う必要もない。
日本人もこれぐらい人の目を気にせずに生きていけたらいろんな事が楽になるんだろうな。と、休みの日ごとに掃除洗濯に追われている自分の姿を思い出す佳奈だった。
<第4話に続く・・・>
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